クリエーティブミュージアム

デニーロの仏滅DAY

作品紹介   あとがき

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第一章「始まりを告げる電子音」

お日様が少し昇り過ぎた頃に私は目覚めた。
起床一番の牛乳が胃をやさしく痛めつけてくれた。
こんな休みの日は外の空気を吸って目を覚ますのが一番。
私の部屋は2階に位置しているので無駄な砂埃などを吸う必要もない。
窓から顔を出して深呼吸をする。そこへ荷物片手に大通りを行く青年がひとり。
年の頃は20代とハッキリ分かる顔立ちだった。
青い髪とラフな格好とは対照的に分厚い書類を左脇に携えている。
しかも、その書類のまとめ方が廃品回収同様に紐でグルっと縛られているのだ。
なぜだか、一昔前の貧乏勤勉大学生を思い出してしまった…。
その彼が私のアパートの向かいに位置する洒落たカフェに入って行くのを目撃したのは午前10ごろ。
まさか、この整然とした大通りに一陣の疾風が駆け抜けるとは私は夢にも思わなかったに違いない。
ん、私は誰だって?それは時期に明かされますよ。

カランコロンとベルの音がした。
そこには人生の良きアドバイザーであろうマスターと毎度のこと俺を非難の目で見つめるバイト制服の若い娘が暇そうに突っ立っていた。
マスターの名前は佐竹次郎、紺のベストと赤い蝶ネクタイがワンポイントの渋いオッサンだ。
音に気づいて俺に熱い視線を送る娘の名は佐竹亜里沙、さっき紹介したマスターの次女で半年前から店を手伝いに来ている。
そんな俺の名前はデニーロ、27歳ピッチピチのシナリオライターだ。
「デニーロさんいらっしゃいやがりましたー。」
亜里沙が皮肉ってそうしゃべった。
マスターがゆっくりしてってといつもどおりの挨拶をくれた。
俺は簡単な挨拶を一発ネタを交えながらした、最近はウケナイうえにネタが尽きてきたものだ…。
そして、俺はおもむろにトイレへと向かう。

嫌な匂いも潔癖症の亜里沙が来てからはフローラルな香りに変わったものだ。
俺は真っ先に小用を済ませた。
そして、他の個室より一回り小さな掃除用具入れのドアに手をかける。
その瞬間、手を洗ってないことに気づき慌てて手を引っ込めた!?
ジャーと水が流れる音が静寂な空間に大きく響いた。
仕切りなおして俺は掃除用具入れのドアを開けて中に入った。
昼間だというのに個室は深遠の闇に包まれていた。
左手に大事な原稿を抱えている為、右手で辺りを探る。
すると俺の手に紐がぶつかる、トラップやコントで使われる太めの紐だ。
御察しの通りそれをぐいっと下に向けて引く、天井裏でカチッと音がした。
それから一呼吸置いて、ゴゴゴッ!と巨大な物体が移動する音が聞こえてくる。
あまりにも音がデカイので、歌のレッスンをするのにはちょうど良い。
俺は十八番の”漢しめ縄道中”を声高らかに歌う、サビ(一小節)しか歌えないけどね。
音が止むのが隠し扉のロックが外れた合図だ。
隣の個室に面していない方の壁に力を込めてスライドさせる。
そこには地下室へと進む階段が下へ下へと続いていた。
奥にはバンパイアや白雪姫が眠っているのだろう。最初見たときはそう思ったもんだ。
カツカツと石の階段を鳴らしながら俺は目的の場所へと進む。

「あら、いらっしゃい」迎えてくれる声がした。
壁は石、柱は無骨な木、まさにワインセラーと言った10畳半の空間だ。
薄暗いイメージを懐いたかも知れないが、蛍光灯がさんさんと辺りを照らしている部屋だ。
出迎えの声の主とは俺がしゃがんでも目線が会わない。
俺は冷たい石床にほふく前進のポーズで寝そべった。
「今日もお邪魔させてもらいます。」
その先に居るのはハツカネズミの奥さんだ。
「あら、いいのよ。主人は職場、子供達は学校、暇つぶしの相手はデニーロさんくらいなものです。」
「俺はひまつぶしですか。」
「あら、いけない。私としたことがつい口がすべって…ごめんなさいね。」
「ああ、お構いなく。軽いジョークですから。」
俺のねずみ語も達者になったものだ。

ここらであらましの説明をしよう。
ここは俺の職場だ。編集長のヘレンに直訴したところこんなに良い物件を探してきてくれたのだ。
ちなみに編集長のヘレンとは俺が唯一口出しできない鬼のような存在だ…。
なぜ、カフェにこんな部屋があるかと言うと、ここには昔大きな西洋城が立っていたらしい。
それに付随したワインセラーだという説が一般的だが、独自の捜査の結果ここは元牢屋だと分かっている。
皿などを割ってしまった家政婦を摂関の為に一日中閉じ込めておく。し、しびれるー♪
精神的にもシナリオライターの職場として適しているのだ。
あっ、ちなみに俺が執筆している雑誌にお色気要素は含まれてないので無用な想像は避けてもらいたい。

そんなこんなで仕事の為のデスク(ダンボール)へと向かう。
用具を出して、原稿をセットする間にハツカネズミの奥さんが小さい体で俺用のコーヒーを拵えてくれる。
仕事をする前に立ち上がって大きく伸びをするのが俺の癖だ、天井は2メートルしかないので手がぶつかってしまう。
座り直す頃にはコーヒーが出来上がっていた、もちろん奥さんを気遣ってその後の作業は自分で行う。
本日はノッていた。すらすらと面白いように筆が進む。
それを妨害するかのようにこの部屋唯一の電化製品であるファックスが音を立てて稼動し始めた。
作業を中断し、いささか不機嫌に送られてきた文書に目を通した。
そこにはーやら・が刻まれていた。船などで使うモールス信号だろうか?もちろん読めるはずはない。
間違って送信されて来たのだと思い、俺はその文書をそこら辺にぶん投げてやった。
デニーロをそこまでさせるファックスにハツカネズミの奥さんが興味を持った。
ハツカネズミの奥さんはカサコソと無音移動で近づき、その文面に目を通した。
「あら、これはモールス信号ね。」
デニーロの耳がピクリと動いた。
「え〜と、なになに…。」
「えっ!それ読めるんですか!」
デニーロは見事な180度上体移動を見せてくれた。
「もちろんよ。私は空軍基地出身のネズミよ。」
鼻にかける様子もなく、逆に話してなかったっけ?と言わんばかりにこっちを見つめている。
「じゃあ、読んで見て下さい!」
もしかしたら法を犯す行為かもしれない、だがその時はそんな頭を持っていなかった。
ただ単に不審な文書に対する好奇心から出た台詞だった。
文章を読み進めるうちにハツカネズミの奥さんの目が変わった…。
ホラー映画のクライマックスシーンを見ているかのように、気味悪く、そして怯えるようにゆっくりと口を開いた。
「『ここから逃げろ』ですって…なんだか気味悪いわ…』
「え?」俺の目が点になった…。知らないねずみ語の文法だったからだ!?
その後、15分間かけてジェスチャーあり、辞書引きありのねずみ語講座のレッスンが行われた。
「『ここから逃げろ』か…いったい何のことでしょうね?まさか本当に俺宛に送られてきたファックスだったりして…。」
「間違いですよ!きっと…。」
ハツカネズミの奥さんはそうあって欲しいと言わんばかりの否定をした。
場に重苦しい雰囲気が漂う…。
その静寂を済し崩しのする音が辺りに響いた。そう俺のおなかの音だ。
『ぐう〜』というかブルドーザーのような音だった。
「やべぇ、朝飯食べる時間なかったからな。」
「うふふ、デニーロさんったら。」
場は一転して和やかムードに入った。
「じゃあ、上で食ってきます。」
「はい、行ってらっしゃい。うふふ。」
俺は遅い朝飯を食べる為に『上』つまりカフェへと向かった。


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