クリエーティブミュージアム

デニーロの仏滅DAY

作品紹介   あとがき

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第四章「音速の狩人」

辺りに夜の慌しさが満ちる。帰宅ラッシュが始まる時間帯だ。
高速道路はついさっき降りた。だが、今話したとおり一般の道路は帰宅ラッシュの最中、なかなか車は思うように進んでくれない。
「腹減ったなあ〜。」
俺は感情を押し殺すことができずにぼやいた。
「そうね、もうすぐ7時だからどこかで食事でもしましょうか。」
そこで会話は寸断された。ここ一帯で適当な場所が思い浮かばなかったのだろう。しかし、俺は見逃さなかった。ファミリーレストランの看板が50M先に出ているのを。
とんとん拍子でそのファミレスで夕食を取ることが決まった。

夕食の時間帯なので人だらけだったが、幸いにも待ち時間なしでテーブルに着けた。
窓際で外から食事風景が丸見えな席だった。食べる時は行儀よくしないとな。
ウエイトレスがすぐに水を持ってきて注文を取った。
俺はハンバーグ定食、亜里沙は類似品の和風ハンバーグ定食、桐江は稲庭うどんを頼んだ。
メニューにチキン定食と写真なしで書いてあったのが妙に気になった。
待つ時間は退屈なものだと思っていたが、婦女子が二人揃うとそうでもないらしい。
互いの自己紹介、共通の趣味の話題などいくらでもネタが出てくるらしい。羨ましい限りだ。
そんな会話はあまり耳に入れずに一人で待ち時間を暇な考えで消化しているうちに、ある疑問が出てきた。
そしてその疑問を会話が途切れたタイミングを見計らって言って見た。
「なあ、どうして限定100名の謎が応募もしてない俺と桐江に送られてきたんだ?」
それには3人とも大いに唸った。
「きっと何かの手違いでしょう。」
亜里沙が言ったその答えが一番現実的だと感じた。
「そういう運命だったりして。」
桐江が茶化すように言った。
「お待たせ致しました。」
どうやら俺のエネルギーの源がやってきたようだ。
俺はハンバーグにかじり付いているうちに何か頭に引っかかるような感じがした。
紙…、枚数…、思い出せない。その疑問も食事が進むにつれて風化していった。

「ただいま。」
「お帰りなちゃーい。」
家族団欒のひとときが始まる合図であろうか?
ハツカネズミの奥さんがやってきて父のカバンを受け取った。
「あの〜、お父さん。お父さんは電気修理店出身にねずみでしたよね?」
「ん?そうだけど、それがどうかしたのかなママ。」
ハツカネズミの奥さんは言い難そうにこう語った。
「実はちょっとした手違いでデニーロさんのファックスが壊れちゃったんですよ。どうにかなりませんかね?」
「う〜ん、とりあえず見てみないと分からないな〜。」
そういうと、ハツカネズミのお父さんは壊れたファックスを入念に調べ始めた。
ねずみなので手先が器用なのは当たり前らしい。ネジやボルトをすいすいと外してゆく。
「う〜ん、なるほど。直りそうだね。」
そういうと、体の半身をファックスの中に潜り込ませてアレコレといじり始めた。
再び顔を出した時には顔がインクで真っ黒になっていた。みんなで笑った。
「どうやら配線がショートしていたみたいだった。悪い部分は自慢の歯で削ったから大丈夫だよ。さあ、試運転をしてみよう。」
子供が三匹がかりで紙を運んだ。奥さんは夕食の支度をしている。
紙がセットされるとハツカネズミのお父さんが印刷のボタンを押した。なんと、メモリーは生きていたのだ。
ファックスが唸りをあげる。どうやら紙が出てきたようだ、子供達がそれを覗く。
どうやら、ねずみ語で書かれた文章ではないらしい。
奥さんが見ても解読できない、モールス信号でもないようだ。
お父さんが見て、これはニンゲンが使う言葉だよ。といった。
「う〜ん、どれどれ。デニーロへ。」
紙にはこう書かれていた。
「デニーロへ。今月号に掲載予定だった坂井重蔵先生の『時のしずく』が間に合わなかったので早急に16ページ分の原稿を仕上げたし。締め切りは今日の午後5時。貴殿のご活躍に期待する。編集長ヘレン。」

食事は終わり、後は追加注文のデザートを婦女子二人が食べ終わるのを待つだけだ。
俺は爪楊枝で奥歯に挟まったしつこい牛肉と格闘していた。
そのとき、俺のセンサーにノイズが走った。第六感が今すぐここから逃げろと悲鳴をあげている。
こちらがアクションを起こす前に敵は仕掛けてきた。
大きな窓ガラスがガシャンでは済まされないほどの大きな音を立てて壊れた。
ひゅん、すと。同時に俺の頬をかすめた物体がひとつ、アーチェリーの矢だ!
頬に血がにじむ。場は騒然とした雰囲気に包まれた。
テロだー、テロだー、と叫ぶオッサンの声が聞こえたが、俺は亜里沙と桐江に逃げるぞ!と一喝して場を離れた。
「いったい何が起こったの、説明して!」
桐江が慌てふためきながら俺に問うた。
亜里沙はガッチリと俺の腕を掴んで離さない。
「確証はないが、奴が牙を向いた!」
亜里沙が当たり前の質問をぶつけてきた。
「奴って誰よ!」
ああ、この世の終わりが来たかと言わんばかりに張り裂けそうな声で俺は叫んだ。
「ヘレンだよッ!?」
俺のラグナロク(最終戦争)が始まりを告げた…。
「奴は確実に次のアクションを起こしてくる、人気の少ない場所に移動するんだ!」
なら、私の車で。と桐江が提言した。
俺達は車を使い、人気の少ない場所へと進んだ。

「山はダメだ!ゲリラ戦に持ち込まれたら勝ち目は0だ!海の方に逃げてくれ!」
桐江はハンドルをぐいっと回して方向転換をした。
亜里沙は言った。
「ところでヘレンって誰なの。私…怖い。」
「大丈夫、奴は俺以外の人間に危害を加えない。保障する。」
それでも緊迫した雰囲気は掻き消されなかった。
海沿いへ続く道を進んでいると、警察の検問が張られていた。
さっきの騒動の所為だろう。仕方なく、俺達は一時停止して検問を受ける。
婦警さんが何を言っているのか耳には入らない。神経を第六感に集中させないと奴のアクションが読み取れないからだ。
「来た!」俺は大声で叫ぶと同時に助手席からアクセルを目いっぱい踏み込んだ。
間一髪。ヘレンは他人に当たるかもしれない矢を射なかった。
逆にそのアクション停止が俺達に職務執行妨害と犯人の汚名を着せることになった。
これも奴の二重に張り巡らされた作戦の結果だろう。
もう止まれない。俺達は海に向けて爆走を続けた。

ふいに後部座席の亜里沙が気になった。ミラーで確認すると震えている様子だった。
くそっ!俺が不甲斐ないばかりに…。
桐江がいきなり叫んだ!
「え!ガソリンが急激に減ってゆく…!」
直感的に窓から身を乗り出して車のボディを確かめる。
なんと!ガソリンタンクに矢が突き刺さっていてそこからおびただしい量のガソリンが流れ出ているではないか!
奴は他人を巻き添えにはしない。ガソリンが漏れていようが引火の心配がないのだろうと感じた。
逆に考えるとガソリンが流れ出ているうちは危険だからアクションを起こせないと言うことか!
それを亜里沙と桐江に伝えた。
「そう、この分だと海までたどり着けるか着けないかのギリギリね。」
「こうなったら天に運を預けましょう!」
亜里沙にしては似つかわしくない台詞だったがそれが現実だ。
10分間なんとか車は走ってくれた。
そして見えて来たのはかなり長い上りの道路だった。
ここが山場だ、ここを越えると海が見える。
エンジンの音が急に弱々しくなった。上りに差し掛かったのだ。
ガソリンのメーターに目をやると本当に神に祈りたくなる数値だった。
「ええい、ままよ!」
いろいろと聞き慣れない金属音がする。頑張れ!心の中でそう祈った。
……ついに車は丘を登りきった。これで海まで行ける!海まで辿り着けば、無条件で降伏できる策がある。
そのとき、目の前の道路に仁王立ちの黒い人影が!桐江は急ブレーキを踏んだ!
車は完全に止まった。

俺の目に映ったのは羽飾りを模した髪留め、それと夜の闇に輝く金色の髪、そして狩人の眼つきだった…。
「デニーロ、出て来い。」
月明かりを背にした狩人から冷たい声が聞こえる。ご指名が入ってしまった。
俺はゆっくりとドアを開ける。そう、ゆっくりと…。
やはりそこに居たのは紛れもなく編集長のヘレンだった。冷たい微笑みが俺の心臓を射抜く。
「断罪してやる。ありがたく思え。」
俺はこりゃ死んだなと苦笑してしまった。
その時、助け舟がやってきた。名前は亜里沙丸と言う。
ドアを思いっきり開けて、俺とヘレンの間に立った。
「やめてください!デニーロさんは何も悪いことしていません!」
ヘレンの顔に怒りの表情が…!
「デニーロ、なんなのよこれは!こんな若い娘と一緒だなんて!説明しなさい!」
ヘレンからスナイパーの眼つきは消えていた。
それは私が、と運転席から桐江が出てきた。
その瞬間、ヘレンの頭の中で何かが爆発した。
「女二人連れかよ、良いご身分だな。死にさらせえええええっ!!!!!」
俺は…ノックダウンにされた。

俺の意識が回復した頃には辺りに和やかなムードがあった。
どうやら事情を説明してくれたようだな。
俺は上体を起こしてわざとらしく唸ってみた。
亜里沙が駆け寄ってきていろいろと気を遣ってくれた。
それと同時に衝撃の事実がヘレンから伝えられた。
俺は今日午後五時までに16ページ分の何かを書かなくてはいけなかったらしい。
ファックスが壊れてたんだから仕方がないだろうと弁論すると、意外にもヘレンは素直に非を認めた。
「まあ、編集の仕事は締め切りに嘘を付くようなもんだから別に今日中じゃなくてもかまわなかったんだけどね、あんたが逃げたかと思って。」
どうやら俺は首輪の付いた存在らしい。判りきってはいたが…。
「でも、どうしましょう。本当のデッドラインは明日の朝7時なのよ。」
それだったらと桐江が車のケースから書類を取り出した。桐江が始めて書いたいつも肌身離さずに持ち歩く大切な小説らしい。
「これじゃダメですか?私が書いたものですけど。」
どれどれとヘレンは文面に目をとおす、そして目を輝かせてこう言った!
「ピンチヒッターなんて代物じゃないわよ!凄く斬新な内容だったわ。こちらからお願いするわ、この小説を私の雑誌に掲載させて。」
桐江は満面の笑みでこちらこそと返事をした。
「よかったですね、桐江さん!」
亜里沙の声が一際高く月夜に舞った。


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