クリエーティブミュージアム

デニーロの仏滅DAY

作品紹介   あとがき

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第二章「師走のミステリー」

まさかこんな事態に陥るとは、私は固唾を飲んだ。
今まさに送られてきた暗号に『ここから逃げろ』と書かれていたのである。
ん、私は誰かって?冒頭でお会いした女でございます。
あまり人前では話せませんが、テロ組織「ジェンダーフリー推進革命軍」の幹部なのです。
ジェンダーフリーとは社会的な性差を無くすことです。ここはテストに出ますよ?
政府の反対派に嗅ぎ付けられたのかもしれない、思わず顔が強張った。
今すぐに逃げるしかないと直感し、ふろしきにありったけの財産を詰め込んで私は部屋を飛び出た!

その頃、軽快なリズムの鼻歌を歌いながらのんきにトイレから生還した青年がひとり。
デニーロは何気なくテーブルに着き亜里沙に聞いた。
「今日のランチは何?」
亜里沙はぶっきらぼうに答えた。
「今日は仏滅なんで精進ランチです。」
精進ランチとは高野豆腐や野菜メインの女性向け低カロリーランチである。
「あっ…今日仏滅だったんだ。」
デニーロはボリュームに期待の出来ない朝飯にテンションが下がった。
それでも日替わりランチ以外は少々値が張るので渋々精進ランチを頼んだ。
亜里沙の後ろ姿を確認した後、ふと思い店内を見渡した。
なんとも可愛げの無い空間である。洒落ているとも表現できるが…。
きっと若い娘にここでバイトしたい?と聞いた時、したいと答えるのは2割くらいであろう。
1割は洒落たものが好きな娘、もう1割は意外にも高い自給に惹かれてだろう。
そう考えたとき、亜里沙は前者だと考える。
亜里沙ほどの年齢でヒラヒラの付かないシックな黒の制服が似合う娘は1割しかいない。
改めて直視すると彼女に可愛げ以外の魅力を発見してしまった。
なんだか照れ臭くなって俺は窓ガラス越しに見える路地の方に顔を逸らした。
ああ、見なければよかった…。
なんと、ふろしきを担いだ同年代の女性が凄いスピードで駆けて行くではないか。
一瞬泥棒と見間違ったが、夜逃げと現実的な方向に思考が傾いた。
なんだか妙な親近感を抱いてしまった。
確かに俺も編集長ヘレンから逃げる時はあれだけ凄いスピードで走るからな。
そんなアホな思考を張り巡らせているうちにランチがやってきた。
いつも多めに2、3枚なんてことは有り得ない世界である。
頬張った荒野豆腐からなぜだか洒落た味がしたような気がした。

腹ごしらえが済んで仕事が更にはかどった。
第57話は手に汗握る壮大な友情物語に仕上がった。
仕事が終わった時の癖は目の間、鼻の付け根をきゅーと摘む。
なんだか仕事で疲れた目がリラックスする。
その癖を見抜いているハツカネズミの奥さんが熱めの緑茶を入れ始めた。
大体その緑茶は原稿をファックスで送った後に飲むことになる。
俺は立ち上がりファックスを動かした。
原稿を送り終わってすぐ、着信が残っていることに気が付いた。
なんと、さっきのモールス信号の続きのようだ。紙がなくなった所為で保留されていたらしい。
すぐさま、紙をセットし直して印刷を開始した。
一枚、二枚とまたもやモールス信号が印刷されていく…。なんだか、興奮してきた。
きゃ!と悲鳴が聞こえた瞬間、なんと!緑茶がこちらに向けて飛んでくるではないか!?
とっさの身のこなしで間一髪かわしきった。
だが、悪夢は続いていた。緑茶がファックスの息の根を止めてしまったのだ。
すぐさま駆け寄った。見た限りでは2枚ほど印刷されなかったらしい。
今となっては液晶もメモリーもあっちに行ってしまった。その2枚を確認する術はない。
楽観的に考えると手元に残っている4枚とさっきの1枚は助かったわけだが…。

ハツカネズミの奥さんにそのうちの3枚を読んでもらった。
実はそのうちの一枚には地図が印刷されていたのだ。
一枚目は「奴らに嗅ぎつかれた」二枚目は「ここに逃げろ」そして三枚目に地図が入り、四枚目が「川」だそうだ。
繋げて考えると「ここから逃げろ!奴らに嗅ぎつかれた、ここに逃げろ」である。
この地図に打たれたポイントの場所に逃げろということだろうか?
そして、川…。この地図の中には川なんて存在しない。
大いに悩んだ結果、地図に記された場所へ赴くことにした。
ハツカネズミの奥さんは止めるように言ったが、不思議を放置して置くと読者が激怒すると考え、俺はその場所へと向かった。

俺は地図に記された場所へ来た。バスで20分の山間の集落だった。
ポイントの場所には過疎化が進んだ集落には似つかわしくない高級マンションが立っていた。
「ここで川か…。」とりあえずマンションの中に入ってみた。
高級と言うか…マーライオンが居て、絶え間なく口から水を出していた。
朱色の絨毯も高級感がにじみ出ている。大理石の柱にはエメラルドやらサファイアが埋め込まれていた。
明らかに俺は場違いな雰囲気を出している。
マンションを調べるといえば管理人室かポストの表札くらいのものだ。それ以上調べると不法侵入で逮捕されかねないからな。
表札を見て歩く。案の定、苗字はあまり入っていなかった。一通り見たが、不知火という珍しい苗字以外は目に付かなかった。
管理人室に行ってみた。なんと、そこの表札には川の一文字がかかっていた。
ベルを鳴らして面会を申し出た。ガチャリとドアが開いた。
そこに立っていたのは四重過ぎらしきお母さんと言った感じの女性だった。
「おめでとー♪。はい、この悪魔辞典を持ってゴールを目指してね。」
ボー然と立ち尽くしている間にドアは閉められてしまった。
ここに残ったのは悪魔辞典とゴールと言う言葉の謎だけである。
仕方なく、悪魔辞典を片手に仕事場もといカフェに戻ることにした。

帰り際に公園のベンチに座る人影を見つけた。
ふろしきを担いでいる…ああ食事のときに見かけた女性か。
なるべく目を合わさないようにしながら公園を通り過ぎようとした。
だが、女性が片手に持った悪魔辞典に気づいてしまった。
あ、と一声発したあと、こっちに向かって駆けてきた。
「あの〜、もしかして悪魔とかに興味をお持ちで?」
ああ、やっぱりそっちの世界の住民だったかと改めて彼女を見つめた。
「悪魔辞典を肌身離さず持っているなんてあなたは私達の鏡です!」
褒められたのか貶されたのか今の俺には分からなかった。
「あのー、聞いてますか?」
「ん、ああ。え〜と、貴女は?」
「ああ、自己紹介が遅れました。私は不知火桐江と申します。」
「え、不知火…。」
「ええ、しらぬいです。不思議の不に知るの知とぼうぼう燃える火で不知火です。」
そんなことを聞きたかったのではない。ちょっと驚いて声に出てしまっただけだ。きっと、あのマンションの住人とは関係がないだろう。
「よかったら似た物同士お茶でもしませんか?ちょっとした事情でここまで無一文で駆けてきたんです。ちょうど私の家の前に洒落たカフェがあるのでそこでどうです?」
間髪入れない饒舌に押されつつ、流れ的にここで弁解しても信じてくれないと察し、彼女からのお茶の誘いを受けることにした。

驚いたことに彼女に連れてこられたカフェは俺の仕事場である『moon』だった。
彼女がふろしきを家に置いてくるまで、おごりのカプチーノに舌鼓をした。
カランコロンとベルの音がして、彼女もとい不知火桐江が到着した。
第一印象とは異なり、服装も変わりだいぶ大人の女性のイメージがあった。
というか、俺よりもこの店に溶け込んでいる。きっと制服も似合うタイプだろう。
とりあえずアスモデウスから始まり、サタン、ルシファー、挙句の果てには日本妖怪の話しにまでなった。
彼女の隣には空のカップが4つほど並んだ。
そんな俺の隣にはおごりなのでカップが87個並んでいる。マスター、食器洗い節水機買うの間に合ってよかったな。
そんな最中、ハツカネズミの奥さんのことを思い出した。
もしかしたら心配しているかもしれない、というか彼女の性格からしてだいぶ心配しているだろう。
場を適当にはぐらかして俺はトイレに行くと言って席を立った。

ハツカネズミの奥さんの安堵の表情が印象的だった。俺もかあちゃんにも心配はかけられないなと心の奥底でこっそりと思った。
これまでのあらましを掻い摘んで話した。悪魔辞典とゴールについては無用の心配を避けるために隠しておいた。
その最中、学校から子供達が帰ってきた。
全部で3匹居る。長男の忠介、次男の宙、長女の中華だ。読み方はご想像にお任せする。
ちなみに紹介してなかったがハツカネズミの奥さんの名前は昼子だ。ねずみ語で母なる慈母神を意味しているらしい。
三匹の子ねずみに別れを告げて、桐江が待つカフェへと戻った。

カフェに戻ると桐江の向かいに座っていたのはあの亜里沙だった。
どうやら婦女子同士、オカルト話しに花が咲いたようだ。
亜里沙は俺のこともいろいろと話したらしい。桐江が俺の職業についていくつかの質問をぶつけて来た。
残念ながらオカルト系はそちらの方が断然有利、今すぐにでもこの業界に入れば瞬く間に俺は負けてしまうと不思議な確信があった。
そんな話しをしているうちに今日起こった出来事もオカルトの部類に入るのでは?と思い始めた。
タイミングを見計らって二人に今日の出来事を話してみた。
「それはオカルトというかミステリーじゃないかしら。」
桐江の厳しい突っ込みが入った。
「でも、なかなか興味深いじゃないですか桐江さん。なぜ悪魔辞典を渡されたのか、ゴールとは何か!」
亜里沙が興味津々に言った。
そのとき俺は不意に背筋にゾクッと来るものを感じた。
「なるほど、ミステリーと考えれば興味深い話しね。……確かめに行きましょう!」
「そうですね。このままでは夜も眠れませんもの!」
このあと、二人に引っ張られて店を後にすることになった。
時間はもうすぐ12時。年の暮れの出来事だった…。


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