クリエーティブミュージアム

デニーロの仏滅DAY

作品紹介   あとがき

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第三章「SMOKING FALRLADY」

「どうします、その謎の言葉と悪魔辞典の出所に問い質しに行きますか。」
半分怒ったような口調で俺は言った。
「だめよ、それじゃミステリーとしてつまらないわ。」
「先に結末を見ちゃうようなものですもんね。」
女性陣は遠回りしてでも日がな一日この怪事件で満たしたいらしい。
「じゃあ、ゴールについて何か心当たりでもありますか。」
「ゴールねぇ…帝王じゃないわよねぇ…。」
亜里沙の頭の上に?が浮かんだ。確かにこのネタはすれすれだ。
「悪魔辞典とゴール。この私でも関連性が見つからないとなると別物と考えてよいでしょうね。それに悪魔辞典を持ってゴールにと言われたのならゴールは終着点のゴールのはずよ。」
「じゃあ、悪魔辞典はゴールに到達した時に効力を発揮するキーみたいな物ですね。……なんだかオリエンテーリングをやっているみたいで楽しくないですか♪」
無邪気なもんだよこの娘は、と心の中であざけ笑ってみた。半分八つ当たりだ。
「と言ってもゴールに関する情報がまったくない以上、闇の中を手探りで歩いているようなものよ。楽観視はできないわ。」
「そ、それよりも寒くないか…どこかあったかい場所で話し合おうぜ。」
そう、今まで『moon』の店先で話していたのだ。網走の冬を一瞬感じるほどに寒かった。情熱の炎を持たない俺にとっては到底我慢できるものではなかった。
「そう、じゃあ私のアパートに行きましょう。お店だと他のお客さんの迷惑になるし。」
店員の亜里沙がこんなことをしている時点で店が繁盛してないことに気づいて欲しかった。
「じゃあ、遠慮なくお邪魔させてもらいますね。」
亜里沙は眼を輝かせながら興味津々にそう言った。

猫の剥製が在ったり、カラスを飼っているイメージがあった彼女にしては殺風景な住まいだった。
築十年といった感じのアパートの2階に彼女の城があった。
キャリアウーマンを連想させる整った感じがこの部屋から感じられる。
シンプルなクリスタル系の個別のチェアに座り、3人向かい合って会談を始めた。
1時間が経過したであろうか。やはり、行動のみが真実への探求と言わんばかりに何も手がかりを掴むことができなかった。
時刻は1時過ぎ、またブルドーザーを鳴らすわけにはいかないので自分から昼食の話題を切り出した。
ちょっと待ってと桐江が冷蔵庫の中を覗く。次の瞬間こちらを振り向きおどけた表情で両手を肩の上まで挙げて上下に一回動かした。
「ごめんなさい、お昼は外で食べましょう。」
「じゃあ、私がおいしいお店紹介します。」
桐江が作る料理が気になったが、とりあえずは亜里沙の提案に乗った。

亜里沙が案内したのは100円寿司の店だった。チェーンではなさそうだ。
だが、100円寿司といえば爪楊枝のような蟹が出てきた苦い思い出がある。
本当に大丈夫か?と思いつつも久々に対面した回る寿司に少し気持ちが高鳴った。
全皿100円だからだろうか?恐ろしくて口に出せないようなネタを頼む声が聞こえる。
亜里沙は検挙にもカッパ巻きを頼んだ、続く桐江はかんぴょう巻き、そして俺はウニを頼んだ。
出てきてビックリ、ウニは小指の爪サイズだった!やはり大した店ではないな。
隣を見るとカッパ巻きとかんぴょう巻きは普通のサイズだった。
次に二人は同じく甘エビを頼んだ。俺は景気付けにウナギを頼んだ。
やはり、ウナギは爪楊枝サイズ。だが、隣の甘エビは心なしか普通より大きく見える。
もしや!と思い低級のネタを頼んでみた。案の定、ビッグサイズのサーモンが出てきた。
そうか、全品100円だと高いネタを選びたがる客の思考を読んだ商品なんだな。にやりと口元が緩む。
それ以後、俺は低級のネタを連発し、腹がいっぱいになるまで寿司を食べた。
そんな最中、ガララと戸が開き、一人の男性が入ってきた。
ナルシストっぽい前髪が特徴の軟派な感じの男だった。
その証拠に店の鏡の前で足を止め、前髪の確認をしていた。
そのいけ好かない野郎がこっち側を見て、何かに気が付いたように寄ってきた。
「ふ〜ん、僕のファンに男性も含まれているなんて意外や意外、頑張ってゴールを目指してね。」
ゴールの言葉に俺と亜里沙は一斉に男の顔を見上げた。
男は連れの女性の姿を確認し、悟ったような目つきになった。
「ははぁ〜ん、なるほどなるほど。そこの君、荷物持ちご苦労様、レディに分厚い悪魔辞典を持たすのはナンセンスだからね。分かるよその気持ち。」
俺はそのキザな台詞が終わるか終わらないかの狭間でこう言った。
「ゴールについて何か知っているのか!」
男は目をきょとんとさせ、一瞬の間を置いてこうしゃべった。
「ああ、ヒントが必要かい。最後の紙はちゃんと見てくれたかな?あの暗号を解読するキーワードは…そうだね、北欧の背徳の邪神だよ。」
俺が最後の紙について尋ねようとした瞬間、彼は口元に人指し指を当ててシーとこちらを牽制してきた。
「これ以上のヒントは無理だよ。それに今はOFFだしね。」
そう言い残すと男は一番奥の席に着いた。
亜里沙が切り出した。
「最後の紙…印刷できなかった2枚が鍵のようですね。」
亜里沙の言葉に返事を返さず、桐江は黙って何かを考えているようだ。
「ああ、その二枚さえあれば真実に近づけるんだけどなぁ〜…」
「ねえ、一枚目の紙に書かれていた言葉をもう一度聞かせてくれない?」
桐江は真剣な表情で俺の顔を見つめていた。
「確か…ここから逃げろ!だったかな?」
桐江は言った。
「あるわよ、最後の紙が。」
「え?」
「あるのよ!その紙が私の家に、しかも全部!」
俺と亜里沙は突然の告白にただ単に心の奥底から驚きの表情を見せた。
そして大急ぎで勘定を済まして、俺達は店を出ることにした。
勘定している最中にキザなアイツの顔が見えた。
彼はひたすらにガリを口へと運んでいた。チッ、あいつガリラーか!?食生活までキザな野郎だぜ。

大急ぎで桐江の家へ向かった。時刻は2時半。
確かにモールス信号で書かれた暗号が5枚と地図が1枚あった。
「どうしてこの暗号がここにあるんですか?」
亜里沙が素朴な疑問をぶつけた。
「そこまでは分からないわ、でも今はこの暗号文章の最後のページがあるだけでも十分じゃない!」
「じゃあ早速読んで見てくれ!」
「……それは無理よ。」
え?といった雰囲気が一瞬流れた。
「一枚目は一般的なモールス信号だけど他は特殊な文字列で書かれていて読めないの、アマチュアじゃこんな高度な信号は解読できないわ。」
「ええー!ここまで来て手詰まりですか!?」
亜里沙は大好きなお菓子を取り上げられた子供のような表情を見せた。
「そうとも限らないんじゃない?」
桐江がこっちを見つめている。
俺はその視線にハッと気づかされた。
「そうか!ハツカネズミの奥さんなら解読できるかもしれない!」
俺の発言に辺りがシーンと静まり返ってしまった。
ここまで来て呆けるなよと言わんばかりの視線が痛いくらいに突き刺さった。
「あー!ウソウソ、俺の仕事場にある暗号解読機を使えば一発で解けるんだよ!」
なんだか、ハツカネズミの奥さんに謝りたい気分になった。

アパートの階段を軽快なステップで下り、大通りに出るとカフェ『moon』は通りを挟んだやや左に見える。
道路の角に面した店で立地条件はなかなかのものだ。このアパートは数学的に言えば『moon』とは対角線上に位置する。
横断歩道はアパートの入り口から右手に進んだすぐの場所にある。
車はさほど通らない時間帯だ。時間のロスは無く、『moon』へと一直線に走った。
一気に扉を開けた為、鐘はいささか乱暴に響き渡った。
その音に驚いたマスターの顔はなかなか滑稽だった。
例の装置を見せると訳にはいかないので、二人にはカフェで待っていてもらった。
大急ぎでトイレに駆け込む姿を見て、久々に見た客の女性がクスクスと上品な笑いを立てた。
「しゃらー!」
俺は掃除用具入れの扉を豪快に開け、同時に紐を引いた!
ゴゴゴッと音が響く、今日は歌のレッスンはお休みだ!
音が鳴り止んだ瞬間に俺は全身全霊を込めて壁をスライドさせた。
階段をさっき同様に軽快なステップで下って行く…。
「奥さーん!昼子さーん!」
「おかあちゃんなら買い物に出掛けまちたよ。」
俺のほとばしるエナジーは一瞬にして0になった。

10分後、買い物から帰ってきたハツカネズミの奥さんに暗号を解読してもらった。
その間、俺は本当に同一の書類かどうかを桐江から預かった書類とここに送られてきた書類とで比較した。
一枚目も二枚目も三枚目も四枚目も同じだった。比較するのが素人でも簡単にできる書体でよかった。インド語だったら泣いてたよ。
ん?なんだか枚数に違和感が…、今手元にあるのは5枚で印刷できなかったのは2枚、桐江に送られてきた書類は全部で6枚。
それを考えている途中にハツカネズミの奥さんの解読が終わった。
「ふう、旧ソ連軍のVIPのみが使うモールス信号でした。流石の私でも骨が折れましたよ。」
ハツカネズミの奥さんの偉大さを肌で感じた一日だった。
「で?なんて書いてあったんですか?」
「『アスガルドは滅びたのだから仕方がない』とだけ…。」
桐江なら解読できるかもしれない!俺は一礼をすると、階段を駆け上がってカフェへと戻った。

「アスガルドは滅びたのだから仕方がない?」
亜里沙の頭上に?なマークが3つくらい浮かんだ気がした。
「ふふっ…。」
桐江の口元が緩んだ。自信たっぷりといった感じの微笑だ。
この県の地図はあるかしら?と言い、亜里沙に地図を持ってこさせた。
桐江はしげしげと地図を眺める。
そして一言だけ、ここに向かいましょう。
その指が指し示した場所はこの県を東西に真っ二つに切り裂く川の真ん中だった。

流石に徒歩では行けない距離だ。桐江が運転する紅色の車に三人は跨った。
車種はフェアレディZ。まさに彼女が乗るために作られたようなラインをしていた。
高速道路に乗った辺りで俺は桐江に謎解きの回答を頼んだ。
「アスガルドと言うのは北欧神話の地名よ。それと対をなす地名にヨトゥンヘイムと言う地名があるの。その二つは神々の黄昏『ラグナロク』…神様の最終戦争ね、その時に互いを滅ぼしあってしまうの。そして暗号はアースガルズが滅んだ、まあ、ここはちょっと省略するけど、アスガルドを滅ぼしたのは背徳の邪神ロキなのよ。」
「確かにあのキザな男が言ってたな、ヒントは北欧の背徳の邪神だって。」
「うん、そこで重要なのがロキはハーフだったってことなのよ。ロキはハーフゆえに他の神々から迫害されて互いのどちらにも属さない存在だったの。まるでこの川のような存在じゃないかしら?」
「なるほど、じゃあなんで川の中心なんですか?ハーフは川、川なら川全体を探すべきじゃないですか。」
「う〜ん、そこの説明はゴールに着いてからにさせて、もうすぐ高速降りないといけないから。」
高速の料金所のおじさんにどうもと挨拶をして高速を降り、数分ほど車を飛ばして目的地である川の中心にたどり着いた。

「あっ!もみじがいっぱい…、きれい。」
雪化粧をしたもみじの木が山の斜面にずらりと並んでいた。確かに今が秋ならかなりの絶景だったであろう。
「ロキは炎を司る神でもあるのよ。紅葉は山が燃えるって喩えるでしょう?」
「なんだ、川の中心ってのは別に関係なかったんだな。」
「有り体に言えばね。ただ、ここは県の中心でもあるの。昔、この県では観光スポットの建設で揉めたのよ。西に作るか、東に作るかで。その和解の結果、県の西にも東にも属さず、北も南も関係のないこの場所にもみじが植林されたってわけ。まるでロキと同じね、最後に良いとこ全部持ってっちゃうだなんて…。」
拍手をしながらやってくる男がひとり。さっきのキザな野郎だ。
「やあやあ、五木進一のサイン会場へようこそ。」
「五木進一?あのホラーやらミステリーやらオカルトだかなんだか分からない映画を作っている映画監督の五木進一?」
俺は説明くさい台詞を口走ってしまったようだ。
「僕が作った謎は難しかっただろうね?これまでもヒントを何人かにあげたけど辿り着いたのは君達だけだよ。まあ、ヒントなしじゃ流石に今ここにいないだろうけどね。」
なんだか、傲慢な奴だな。心の中で非難してやった!ちょっと虚しい。
「ささっ、悪魔辞典を出したまえ、スペシャルなサインを書いてあげるからさ!プレミアだよ?」
「あっ、悪魔辞典はかさばるからウチのカフェに置いてきちゃったよ。」
亜里沙が衝撃の事実を口にした。
「へ?そ、それじゃあ君達は何をしにここまで来たんだい。抽選で選ばれた100人にだけ送られる謎を解いてサインを貰いに着たんじゃないの???」
後ろ姿だった桐江が振り返ってこう言った。
「洒落たことを言わせて貰うと、今日一日の思い出を貰いに。ってこれじゃアンタの台詞よね。」
対面した桐江と進一、進一のキザな笑いが顔から失せた。
「き、桐江。なんでお前がこんなところに。」
声が震えている。二人は知り合いだったのか。
「ふふ、この謎は誰が考えたと思っているのかな〜♪」
いたずらな微笑だが、眼がマジだ。
「この謎も、アンタの映画も、元を正せば私の頭から出たものでしょう!!」
「そう、貴方は私と恋人だった時代に私のネタ帳をひとつどこかに隠した。当時私は作家になることが夢で紙とペンが恋人だったからあなたが嫉妬しても当然よね。でも、私と別れた後、あなたはどこかに隠していたそのネタ帳を使って映画を製作し始めた!これは立派な著作権侵害よね〜、ご高名な映画監督様!!」
沈黙がこの場を浚って行ってしまった。
それを崩したのは桐江の微笑だった。
「まあ、それもいいわ、過ぎたことですもの。別れた女が別れた男のしてあげられることなんてこんなものくらいよね。」
「桐江…。」
「俺には才能がなかったから、才能のあるお前をモノにしたかったんだ。そうすれば少しは俺にも才能が芽生えるかと思って。」
「言い訳はよして。それに…。」
一瞬溜めが入った。
「それに、女はモノじゃないわ。」
デニーロと亜里沙は完全に場の雰囲気に押し出されてしまった。
「帰りましょう、ここに居ても不快なだけだわ。」
今の桐江に逆らえる人物が居るだろうか。操り人形のように二人は車に乗った。
桐江は車のエンジンをかけるとタバコに火を付けた、そして車の窓を開けて…。
「GOOD BAY。」
車は急発進した。助手席に座っていた俺には見えるはずもないが、進一の今の顔が容易に想像できた。

車は思った以上にゆっくりと走っていた。彼女が銜えタバコをしている所為だろう。
桐江はタバコを右の人差し指と中指に摘み、しゃべり始めた。
「タバコを吸ったのは何年ぶりかしら、あいつと別れた日に止めたはずなんだけどなぁ。変わりたい、変わりたいって思って止めたタバコだけど、今吸ってるってことは昔と何も変わらないってことね。」
後ろから亜里沙の声が聞こえた。
「そんなことないです。きっと桐江さんは変われました、強くなれたんですよ。」
「そうねぇ〜、強く…か。昔話だけど聞いてくれる?」
亜里沙は無言の返事を返した。
「私には小説しかなかったの、朝も昼も夜も、休みの日も正月も毎日書いてたわ。それでもね、どこも取ってくれなかった。」
「どうして、そんなに頑張っていたのなら連載でも本でもなんでも出来たはずです!」
「それはね、亜里沙ちゃん。私が女だったからよ。」
「え…。」
「編集の奴らは私が女だからと言って簡単に切ったわ。」
「進一が、あいつが私の盗作で出して大ブレイクよ。笑っちゃうわね、世も末ってやつよ。」
「この世に女性蔑視って言葉があるとおり女は特別な存在なのよ。特別だからこそ大事にもされるけど、特別だからこそ叶えられない夢があるのも現実なのよ。」
「そんなこと…あるわけ無いじゃないですか。」
「亜里沙ちゃん、これだけは覚えておいて。男は女を泣かすけど、女は男を泣かさない。」
「……。」
亜里沙は言葉が見つからなかった。いくら探して…。
「俺はなぁ。」
デニーロがゆっくりと話し始める。
「俺は男とか女とか分からないけど、桐江が紡いだ物語が世間に認められたのは事実だと思うぜ。」
「今も情熱が残っているならこっちに来いよ。お前が壊してやれよ、その男だの女だの下らない壁をよ。」
「そうすれば、迫害を受け続けていたロキにも安らかに眠れる居場所ができるんじゃねーのかな?」
辺りを静寂が包み込む…。
「あれ?もしかして滑っちゃった?」
おどけた口調でしゃべってみた。
「うふふ、逆に決まり過ぎてて驚いちゃっただけよ。」
いつの間にか辺りは薄暗くなっていた。
桐江が車のライトを付けると闇が切り裂かれた。
その切り裂かれた闇の中を走るフェアレディはどんな気持ちだったろうか?
そこに拍手は無いけれど、充実した時間を過ごしていたに違いない。うん、きっとそうだ。


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