クリエーティブミュージアム

ショートショート集 「2007年8月」

作品紹介   あとがき


ひのえうま
馬淵潤子のティーガーデン
奸計お茶汲み族
我輩は蜘蛛である


     ひのえうま

 ショーウインドウの中の、純金のネックレス。3回見たら、買おうと思った。結局、そう思ってから、3日目に、そのネックレスはわたしのものになった。
 2万9800円。これを買ったおかげで、普通のOLなら食費を削らなければいけないところだけども、実家暮らしのわたしは、簡単に清水の舞台から飛び降りられる。
 あの日、ちょっと年配の女性店員がわたしの首にそのネックレスをつけて、「お似合いですよ、お嬢さま」と言ったとき、わたしは「このネックレスは私のものになりたがっている」と感じてしまったのだ。
 現金を支払って、自分のものになったネックレスを、さっそくその場でつけてみる。
「お似合いですよ、お嬢さま」
 この快感、やめられない。

「あんたねぇ、すねかじりのくせして、そんなもんばっか買って」
 おかあはいつも、わたしのことをなじる。それにわたしはもう、すねかじりなんかじゃない。OLやって、給料もらってる。
「浪費癖っていうんだよ、それ」
「浪費じゃないわ! このネックレス、いいものなんだから!」
「はあ、どうせ会社の同僚に自慢したくて買ったんだろうけどねぇ」
「ちがう! わたしがいいと思ったから、買ったの!」
「3万円もだして?」
「298!」
「どっちだっていいんだよ、このバカ娘! くやしかったら、とっとと男ひっ捕まえてきて、結婚してみろってんだ。そうなったら、あたしゃもう口を挟まないよ。そうなったら、あたしとあんたは他人様なんだからね。借金こさえて泣きついたって、ダメなんだからね!」
 そんな後先の心配、してほしくない。おかあはいつも、まったく訳の分からないことを話しはじめる。それにわたしからしてみれば、あかあなんてオバハンだし、髪だって短い方が楽だからってばっさり切っちゃってるし、昔の写真を見ても、スーツに眼鏡の真面目ちゃん、いや、真面目おばちゃん。女の魅力というものを母親の胎内に残してきたんじゃないかって思うくらい、野暮ったい女。親じゃなければ、きっと接点なんてないだろう。
 だからいつも喧嘩になる。派手な娘と、地味な母。性質がちがうからだろう。
 価値観の相違といっても、構わない。
 さんざんお互いを罵りあったあと、最期は決まって、母はこういい残すのだ。
「あんたは、ひのえうまだからねぇ」

 ひのえうまの迷信を信じるか信じないかは別として、わたしは現にひのえうま生まれで、さんざんにそう言われてきたのだから、知識は持っている。
 ひのえうまは、ひのえとうまに分かれる。ひのえは丙と書いて、火の兄と読むのだそうだ。うまは子丑寅卯…の午で、質は火の陽なんだそうな。
 ひのえうまは60年に一度やってきて、その年は火の気が強すぎて、火災が多いといわれる。また、その年に生まれたものは、本質的に強い火の気を持ち、火はエネルギーの象徴でもあるので、強引で、燃えるような性格を宿しているのだとか。
 なので、ひのえうまの女性は、夫を尻にしいて、命を縮めるといわれる。迷信ではあるが、ひのえうま騒動といって、女の子を産むとよくないということで、過去に出産率が激減する騒動があったそうだ。
 だからおかあは、あたしが子供のとき、悪いことをするとよく「引導を渡すよ!」と、いったものだ。あんたなんか生まなきゃよかったと。親の手でやっちまうよ、と。

 そんなことを、同じ会社に勤める3つ年上の章子先輩にいったことがある。
 彼女は大学時代の先輩で、1年しか在学期間が合わなかったが、肌の合うひとで、わたしは彼女を追ってこの会社に入ったようなものだ。
 人の話をよく聞いてくれるひとで、影でおしとやか美人とあだ名されている。お茶くみをいやがらず、むしろ最高のスマイルと一緒に届けてくれるということで、これ以上ない逸材として、うわさでは会社の裏名簿に花丸をつけられているのだとか?
「迷信だからねぇ」
「でもその迷信に、あたし苦しめられてきたんです」
「でもあなた、旦那さんを尻にしくタイプかしら? たしかに気性の激しいところはあるけどねー」
 章子先輩は、わたしのグチをよく聞いてくれるので、たとえば上司のグチや、家庭内のこと、それらに対してわたしが辛らつなことをよく知っている。
「気性が激しいからといって、旦那さんを尻にしくなんて、短絡的すぎやしないかしら。わたしの知り合いでね、バリバリのキャリアウーマンなんだけど、旦那さまの前ではデレデレなひとがいるわ。それでいて、年上の上司に食って掛かっていく。矛盾してるようだけど、女のわたしにはなんとなくわかるのよね」
「それって、旦那さんを愛してるってことですよね」
「うん、まあ…、そうでしょうね。大事なのは愛し合ってるかどうか。愛し合ってる同士なら、気性の激しさとかもひっくるめて、許しあえるんじゃないかしらね。ほら、現代って、旦那さんが家事してくれるでしょ? うちのひともそう。昔と今じゃ違うわよ。昔は…、女といえばお座敷美人だったでしょ? 今とは一緒にならないわ」
 そう。わたしも働いているし、働くことに関しては、ひのえうまはいいことなんじゃないかと、章子先輩の話を聞いてから、わたしはそう思うことにした。
 しかし、ここで逆説的なことがぽかりと浮かんできた。それなら、ひのえうまの男性はよく働くということだろうか? また逆にみずのえねの女性は最高の妻になるということだろうか? あくまで迷信の話ではあるが。

 誰だって一度は感じたことがあるはずだ、同年代の特性を。
 見渡してみると、わたしの同年代は発言力がある。これは1歳ちがうだけで、なぜかぱっと消える。また、発言力があるが故のうるささもある。それと若干、派手好きで適当な感じがするのが不思議である。無論、その中にわたしも入っているのだけれど…。
 友人のT君は、先生から「お前はおれが受け持った生徒の中で、一番うるさかった。でも、一番元気があった。それを忘れないで欲しい」と、卒業式の日に言われていた。
 ついでなので、その話も章子先輩にしてみると、
「そうねえ。わたしたちの世代は逆におとなしいって感じたことあるわ。授業でも積極性がないって、大学の先生が不思議がっていたわ。でも、ノートとかレポートの提出率は、群を抜いて高かったんですって。ちなみにわたしは、卯年生まれね」
 ほとんどの占いの本に、卯年生まれはそうなると書いてるあるんだとか。
 そんな不思議なことを話し合ってると、次第に占いの話しになっていった。そして、
「わたしの知り合いにね、占いに詳しいひとがいるの。なんだったら、ひのえうまについても聞いてきてあげようか?」
 わたしは断る理由もないし、次第に興味も湧いてきたので、それを頼むことにした。
 これでくだらない迷信とおさらばできれば、わたしの人生はよくなるかもしれない。

 後日。会社の帰りのことだった。章子先輩がやってきて、
「ひのえうまのことだけどね、相談してみたら、この本を読んで見なさいって、渡されたのよ。ちょっと複雑だから、基礎から学んだ方がいいって。1時間で読めるから是非って」
 わたしはお礼を言うと、その本をバッグに入れて、帰路に着いた。
 バスの中でわたしはその本をちょっと読んでみた。
 どうやら、生まれたときに性格が決定されるのは、本当の話らしい。しかし、その性格を知ったからといって、変わるべきものはなにも無いから、知る必要はあまりないんだとか。そんな前置きだった。
 たしかに、性格がころころ変わったら、それはへんだ。生まれつきのものを持っているなら、わたしたちはそれを受け入れるしかない。
 でも、その性格をよく知り、上手に付き合うことができたら、人生はよくなるかもしれないと、書かれていた。
 少し興味が湧いてきたが、残念ながらバスは目的地についてしまった。わたしは本をたたんで、家まで歩く。

「おとうさん! 通販でなに買ってるのよ!」
「い、いやあ、ゴルフクラブだけど…」
「まったく…、似たようなものばっか買って、無駄遣いですよ!」
 またいつもの喧嘩だ。うちはどうも女系家族のようで、父は女に頭が上がらない。わたしには姉貴がいるが、その姉貴も父をよくアッシーに使っていた。
 父は腕のよい医者だ。しかし、性根がおとなしくて、主張というものがあまりない。こつこつ積み重ねることが得意で、趣味はゴルフ一筋。その性格ゆえ、患者や看護婦からの信頼は厚い。でも、この性格ではえらくならないねと、母はよく言っている。
 わたしは2階に上がって、本の続きを見る。
 生まれた直後に性格が決定されるのは分かった。しかし、人間は生まれてから成長する生き物だし、その性格を抑圧していくひともいるし、伸ばしていくひともいるんだとか。そういわれると、納得してしまう。
 それらの前置きを経て、ようやく生年月日から、性格を算出する場所に差し掛かった。
 数字の得意でないわたしは、計算機を手に取った。
 やはり、何回やってみても、これは自分だと、そう思える性格説明が書いてある。
 不思議だと思いながら、やっぱ占いって当たるんだなと、感嘆してしまった。
 どうやら、わたしはひのえうまから逃れられないようだ。これを克服していく努力こそ、人生をよくしていく唯一方法なんだと、なんとなく理解してしまった。
 やけにひとに厳しい占いだと、わたしはそう感じた。

「お父さん!」
 おかあの怒鳴り声が聞こえてきた。
 ふと、おかあの性格も占ってみようと思った。
 昭和年々何月何日、何時生まれかは分からないけど、日にちまで分かれば上々なんだとか。さてと、どんな性格がでてくるかしら。
 年・つちのえとら、月・ひのとさる、日・ひのえうま。
 ひのえうま。
 もう一度、占いの本に目を通してみる。
 ひのえうまが発生する確率は、60分の1で、それは年でも月でも日でも同じなんだとか。それでいて、年より月、月より日のほうが、強烈な影響を及ぼすんだとか。
 そうか。ひのえうまも、細分化してみると、60年に一回、60ヶ月に1回、60日に1回、存在するものだったのね。
「あなたねぇ、わたしがどれだけ医局夫人にゴマすってたか分かってるの! それも知らないで、よくもまあわたしにそんな口が聞けたものね。昔はよく、御呼ばれして、ゴマすって、かわいがってもらって、あなたの出世をお願いしてたのよ! だから、あなたはわたしに感謝しないといけないの。あなたはわたしがいないと、今頃辺鄙な無医村で、牛の出産みたいな方法で、赤ちゃんを取り上げていたのかしれないんだからね!」
 なるほど。この夫婦はうまくいってる。


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