一同は、山頂の観測所を出発して、霧の古城へと歩きはじめた。
地層が隆起した荒々しい土色の大地が、平坦で緑色の深い森へと変わってゆく。
徐々に霧が濃くなってきた。
その霧に惑わされないように、必死になって前へと進む。
すると、次第に霧が晴れてきて、目の前にひとつの建物が見えた。
霧の古城だ。
ルビィは緊張を、レオンは感嘆を、バルトは沈黙を。
一同は、それぞれの感情を込めて、霧の古城を見上げていた。
城の中に入るための昇降式の橋が、今は下りてある。
「正面から入れば、軍事院の連中にバレるぞ」
レオンがいった。
とはいえ、他に入り口はなさそうだ。
レオンは、憮然とした態度で、
「どうする」
と、いった。
バルトが答える。
「ようすを見る」
バルトは、双眼鏡を取り出すと、霧の古城を観察しはじめた。
城の周りは、水の入った堀になっているので、どう考えても正面から入るしか方法はなさそうだ。
そのとき、ルビィの頭の中にある映像が見えてきた。
「あそこ…、ちょっと双眼鏡を貸してください」
バルトは、言われるがまま、双眼鏡をルビィに手渡した。
ルビィはその双眼鏡で、ある一点をじーっと眺めてから、こういった。
「地下通路があります」
なぜそれを知っているのか、ルビィはどう説明していいのか分からなかった。
とはいえ、バルトはルビィのことをジーザス・クライストの関係者だと思っているので、疑うこともなく、地下通路を使って城の中に入ることを決めた。
一同は、井戸のように深いはしごを降り、地下通路へとたどり着いた。
地下通路とはいえ、堀の中をくぐるだけのものだから、そう長くはない。
ひんやりとして、肌寒さを感じる。
薄暗闇の中を少し歩くと、その先でうごめいている存在がいることに気がついた。
バルトは手燭をかざして、その存在を照らす。
それはなんと、巨大な魚に細長い手足をつけた、不恰好な生き物だった。
こちらをじーっとうかがっているように見えるが、何をするわけでもないらしい。
「サハギン(半魚人)…」
バルトはそうつぶやいた。
半魚人なんて空想上の生き物であって、自然界に存在していてはいけないものだ。
レオンは、槍を構えながら、
「これもジーザス・クライストのしわざか?」
と、たずねた。
サハギンは、じーっとこちらを見つめている。
その姿も哀れなら、そのまなざしにも哀れさを感じる。
「こちらに危害を加える気はないでしょう」
ルビィはそういうと、サハギンをよけて先へと進んだ。
サハギンは動くものを追うように、ルビィの動きに合わせて視線を動かす。
そのとき、ルビィの心の中に、激しい悲しみが襲いかかってきた。
これは生き物じゃない。人間のエゴによって産み落とされた欠陥品だ。
レオンとバルトも、同じようにサハギンをよけて通った。
サハギンはずっとふたりの動きを見つめていた。
それがまるで、うらやましいことであるかのように…。
はしごを上がると、どうやら城の中へ出たようだ。
クローゼットのような狭い空間の壁に、回転扉のような切れ目が入っている。
その回転扉を押してでると、そこは長い廊下になっていた。
一同は、すぐそばにある部屋のドアを開けて、中へと入った。
ほこりっぽい部屋だったが、ひとまず隠れるには都合がよさそうだ。
「さて、どうする」
レオンがいった。
バルトは、あごひげをなでながら、
「探索するしかないだろう」
と、冷静にいった。
すると、廊下の方から重たい足音が聞こえてきた。
バルトはそっとドアを開けて、その足音の主を確かめる。
「歩く甲冑だ…」
バルトは、そっとドアを閉めると、
「この城はどうなってやがるんだ」
と、不快感を表した。
歩く甲冑が城の中を見回っているのだから、探索は困難である。
レオンは、ふと疑問を口にした。
「あれはトネリコの民の札術ではないのか?」
バルトは難しい表情になった。
「トネリコの民の札は自然神の力を借りるものだ。原則として、土砂崩れを起こしたり、岩を動かしたり、そういったことはできる。しかし、空想上の生き物を作り出したり、糸もなく操り人形を動かすような力ではない。霧の古城の周辺で起こっていることはすべて、トネリコの民の札の常識を覆すようなことばかりだ」
しかしと、バルトは話しを続ける。
「あいつは…、ヨシュアは都で理学を学んでいる。理学というものは、自然界の仕組みを解き明かすものだろう。そのスキルを加味すれば、理論上はトネリコの民の札を使って、ああいったことが、できないこともないのかもしれない。なんにせよ、マッドゴーレムの体内からでてきた札は、確かにトネリコの民の札だった。しかし、だとしたら…」
ジーザス・クライストは、弟のヨシュアだということになる。
くそっと、バルトは拳を強く握りしめた。
「あいつは何をしようとしているんだ」
「それを利用しようとしている、軍事院の連中もな」
あたりを重たい空気が包み込む。
すると突然、部屋のドアが開け放たれた。
そこには、あの甲冑が立っていた。
「見つかったか!」
レオンとバルトは、とっさに構える。
バルトは、レオンを押しのけると、トネリコの民の札を甲冑に投げつけた。
すると、その甲冑の動きは鈍くなり、最終的には動かなくなってしまった。
ほっと一息つく暇もなく、沢山の足音が聞こえてきた。
それは今の甲冑と、まるで同じ足音を立てながら、ゆっくりと近づいてくる。
バルトとレオンは、廊下へと飛び出す。
すると、廊下に飾られてあったすべての甲冑が、こちらへ向かって歩いてくるではないか。
「こいつはヤバイことになった」
バルトは銃を構えると、トリガーを引いて、甲冑に穴を開けた。
レオンは、迫りくる甲冑を押し倒すことしかできないでいる。
いずれにせよ、多勢に無勢。
バルトが銃を使ってけん制をしている間、レオンは部屋の中に戻ってルビィの手を引っ張ってきた。
「逃げるぞ」
バルトは即座に、二階へと通じる階段を指差した。
「のろま連中、階段をのぼるのに時間がかかるだろう」
レオンはうなずくと、ルビィの手を引っ張って、階段を駆け上がった。
しかし、そこにはふたりの男が立ちふさがっていた。
カーンとエドガーである。
「おかしな輩がやってきましたねえ」
カーンは、眼鏡をくいっと直す。
レオンはすぐに、このふたりが例の軍事院の人間だと見抜いた。
「我々の計画を知ってか知らないでか分かりませんが、こんな辺鄙な古城に迷い込むなんて、一般人にはとてもできません」
カーンは、手に持った鉄の杖をこちらに向けて、
「運がありませんでしたね」
と、冷たくいった。
エドガーも無言で剣を抜く。
戦いは避けられないと見て、レオンは槍を構えた。
階段を上がって、バルトがやってきた。
「どうした、レオン」
その質問の答えを受ける前に、バルトは状況を把握した。
バルトは、銃を構えずに、
「おれたちはジーザス・クライストに用があるものだ」
と、いった。
「何のために」
エドガーが質問した。
バルトは、答えていいものかと躊躇したが、
「ジーザス・クライストはおれの弟かもしれない。だから兄として会いにきた」
と、明快にいった。
カーンは、すぐには事情を理解することができなかったが、徐々に何となく分かってきたらしい。
「ジーザス・クライストに兄弟がいたとは…、ああ、あなたもトネリコの民ですか?」
トネリコの民の生き残りは、自分と弟のヨシュアしかいない。バルトは心の中で、ジーザス・クライストは弟のヨシュアなのだと確信した。
「ああ、ジーザス・クライストはどこにいる」
カーンは、眼鏡をくいっと直すと、
「三階にいますが、行ってもどうせ入れてくれませんよ」
と、冷たくいった。
その情報を信じるか信じないかは別として、見逃すような気は微塵もないようだ。
緊張が走る。
しかし、その緊張を断ち切るかのように、エドガーがいきなり剣を収めた。
それに気づいてか、カーンはエドガーを睨みつける。
「何をしているんですか」
その問いに、エドガーは冷静に答えた。
「ジーザス・クライストの客人ならば、丁重に扱わなければならない。ジーザス・クライストの怒りを買って、この計画は成功しますか?」
それでもカーンは納得しない。
「わたしの首がつながっていることが、何よりの証拠です」
それには、カーンも一理あると思えて、
「分かりました。案内しましょう」
と、取り次ぐ姿勢を見せた。
ふたりの手の内を返すような態度に、ルビィの頭はついていけなかった。
しかし、レオンはこうつぶやく。
「頭のいいやつは、いつもこうなんだ」
と。
三階へと上がると、巨大な鉄の扉が現れた。
「この扉の奥に、ジーザス・クライストはいます」
と、カーンは説明する。
「彼は気分のいい日しか他人と会いません。中で何をやっているのか分かりませんが、呼びかけてみることですね」
バルトは、一歩前に出た。
「ヨシュア…、なのか?」
反応は返ってこない。
「おれだ、お前の兄のバルトだ。話しがあるんだ。入れてくれないか?」
それでもまったく反応は返ってこない。
あたりを沈黙が包み込む。
「あなた、本当にお兄さんなんですか?」
カーンは、冷ややかにいった。
無理もない。バルトとヨシュアの間に起こった出来事は、ちょっとやそっとじゃ埋められない溝になっているのだから。
すると、バルトを押しのけてルビィが一歩前に出た。
また、もうひとりのルビィに飲まれそうになっているのだ。
「ヨシュア?」
ルビィの舌が勝手に動く。
「ヨシュアなのよね、いるんでしょ」
しばらく無言だったが、あちらから声が返ってきた。
「ルビィ…」
すると、ゆっくりと鉄の扉が開かれるではないか。
一同は、部屋の中へと入る。
そこは真っ暗で、相手の顔も見えないような部屋だった。
向こうから、声だけが聞こえてくる。
「どうして、わたしの元に戻ってきた」
もうひとりのルビィは答える。
「あなたを兄さんと会わせるために」
「兄さん」
しばらく、無言が続いた。
「兄さんがいるのか?」
「ああ、ここにいる」
バルトはそういったが、まったく反応が返ってこない。
どうやら、この男にはもうひとりのルビィの声しか聞こえないらしい。
それを感じてか、もうひとりのルビィは話しを続けた。
「お兄さんは、あなたと仲直りしにきたのよ」
カーンとエドガーは、そのことばから、大体の事情を把握した。
向こう側の人間は、ぼんやりとした口調で答える。
「仲直りは…、できない」
カーンは、すこし驚いていた。
カーンの知っているジーザス・クライストは、何事もてきぱき話し、ぼんやりしたところなんて微塵もない、抜け目のない男だったからだ。
「どうして仲直りできないの?」
ずーっと無言が続いた。
すると、あちら側で物音がした。
地面に足をつけたような、コツンとした音。
ゆっくりと、乱調子の足音が近づいてくる。
カーンとエドガーは、はじめてジーザス・クライストの姿を見ることになるかもしれないと、つばを飲み込んだ。
そして、その男は光の当たる場所までやってきた。
不自然に目を閉じ、髪の毛が真っ白。
それ以外は、バルトの面影のある普通の人間の青年だった。
どうやら、目が見えないらしい。
「ルビィ」
「なあに?」
「帰るんだ」
「どうして?」
「見られたくない」
「わたしはあなたのこと、普通だと思うわ」
「それにきみは……」
「?」
「あのとき、死んだ」
その瞬間、もうひとりのルビィは、しゅんと消え去った。
ジーザス・クライストは、手に持った宝石の板を、ぎゅっと握った。
すると、部屋の奥から沢山の甲冑がやってきて、一同を押しやってしまった。
そして、鉄の扉がまたゆっくりと閉ざされてゆく。
「死んだ?」
ルビィは、ジーザス・クライストがいったことばを、理解できなかった。
死んだということは、生き返ったということだろうか。
今まで見てきた、歩く甲冑、マッドゴーレム、さらにはあのサハギンのように、彼が術を使って、わたしを生き返らせたということだろうか?
いいえ、死んだ人間は生き返らないのよ。
それは、医者のわたしが、一番よく、知って、いる…。
ショックのあまり、ルビィは倒れこんでしまった。
その身体を、レオンが受け止める。そして、
「よく分からないやつだ。こんなやつと会うために、ここまで苦労してきたのか」
と、いった。
バルトも、弟の現在の姿を見て、ひどくショックを受けているようだ。
「あいつは…、何を考えているんだ」
すると、カーンが鉄の杖を伸ばしてきて、
「それ以上考えると、帰れなくなりますよ」
と、いった。
確かに、ジーザス・クライストが何をしようとしているのかを知れば、カーンとエドガーはそれを見逃したりはしないだろう。
エドガーは、レオンの肩に手を伸ばして、
「女性をこのままにしておくのは忍びない。気がつくまで、ベッドで休ませるといい」
といって、ルビィを抱えたレオンを、自分の部屋まで案内していった。
カーンも鉄の杖をしまうと、ひとり残ったバルトに向かって、
「兄弟のよしみで見逃してあげましょう。ジーザス・クライストだって、実の兄を殺されたら、怒るでしょうから。そのかわり、一週間は城の中で監禁させてもらいます。一週間たったら、どこへでもどうぞ。そのかわり、計画の邪魔になるようなら、本気で殺しますからね」
といって、二階の自室へと戻っていった。
くそっと、バルトは思いっきり床に拳を叩きつけた。
何度も何度も、拳を叩きつけた。
「ヨシュア、お前はどうしちまったんだ。あれじゃまるで…」
廃人だよ。
「おれはお前の人生を生かすために、喜んで死んでやろうと思って、ここまできたんだ。なのに、お前はもう、死んじまってるじゃねえか」
もう一度、拳を床に叩きつける。
「ヨシュア、答えてくれ」
答えてくれ、答えてくれ…、といいながら、バルトはゆっくりと床に崩れ落ちた。
カーンは、足を踏み鳴らしながら、考えていた。
計画が大詰めにきて、不確定要素があちらからやってくるとは。
しかし、一週間もあれば計画は最終段階を迎える。
野放しにするよりは、監禁しておいた方がずっと安心だ。
わたしは切り札さえ切れれば勝つのだから。
そして、この国はわたしのものとなる。
ふふふっと、カーンは不敵な笑みをうかべる。
でも、気になるのはこいつだ。
じーっとわたしを見ている、一匹の狼。
ジーザス・クライストがわたしを、まだ心から信用していない証拠。
こいつを手なずけるぐらいにならないと、いけませんねえ。
いずれにせよ、わたしが優勢であることに変わりはありません。
冷静に対処すれば、結果はついてくるでしょう。
あとは、わたしはわたしのゲームを楽しませてもらうだけです。
カーンは、物事を裏から操っている自負からか、余裕すらうかがわせる表情である。
ルビィをベッドに寝かしつけると、部屋の中はレオンとエドガーだけになった。
「エドガー・マジェスタ。おれはお前を知っているぞ」
レオンは、エドガーを睨みつける。
「とある戦場であった」
エドガーは、落ち着いた物腰で、答えた。
「わたしもきみのことを知っている。バウンティハンター(賞金稼ぎ)のG・レオン。とある戦場で、ぼくが雇った傭兵のひとりだ」
どうやらこのふたりは、面識があるようだ。
「覚えていられても困るが…、ここはなんとかしてもらえないか」
「どうにかして欲しいのは、わたしの方だよ」
「おれたちの存在が、計画とやらに差し支えるからか?」
「ああ」
「いつまでたっても変わらないやつだ」
レオンは、辟易とした表情で、エドガーを見る。
「今でも御山の大将を目指しているんだろう」
「ゆっくりコツコツとね」
「この計画を成功させれば、何か見返りがあるのか?」
「あるとも。国が手に入る」
うふふふと、エドガーの表情に、不気味な笑みがこぼれる。
国が手に入るということは、この計画はクーデターだということだ。
「お前たち…、そうだとしたら、おれたちを見逃したりはしないだろう」
レオンは、槍を構えた。
まあまあと、エドガーはそれを制する。
「一週間は命の保障があるのだから、儲けたものだろう」
そして、ベッドで眠っているルビィの手を握って、
「このお嬢さん、お前の恋人かい?」
と、唐突に質問してきた。
レオンは、しかめっ面で、
「そんなわけはない」
と、答えた。
ふんふんと、エドガーが近づいて、
「だとしたら、男の部屋に長居させないことだ」
と、耳打ちしてきた。
レオンは、きっ、とエドガーを睨みつける。
エドガーは、その視線をのらりくらりとかわして、
「隣の部屋が空いているから、好きに使うといい。わたしは本が読みたいんだ」
といって、レオンとルビィを部屋から追い出した。
レオンは、エドガーの態度にむかつきながらも、隣の部屋までルビィを背負って連れて行き、ベッドに寝かせた。
すると、身体を動かされた衝撃からか、ルビィはすぐに目を覚ました。
「わたし…」
ルビィはまだ、ぼんやりとした表情をしている。
「無理に起きなくてもいい」
と、レオンがいった。
「でも…」
そのとき、ルビィはある異変に気がついた。
手の中に、何か入っているのだ。
それをレオンにも見えるようにして取り出す。
どうやらそれは、カギのようだ。
あっと、レオンは気がついた。
あのとき、エドガーはルビィの手にそのカギを渡したのだ。
そして、おれたちを部屋から追い出して。
「これは何か裏があるぞ」
何が起こったのか分からない表情のルビィを残して、レオンは物事を深く考えはじめた。
カギを手渡すのだから、このカギで開く扉があるはずだ。
その扉を開けた先に、エドガーがおれたちに見せたいものがある。
レオンは立ち上がると、カギをルビィの手から奪って、
「お前は寝ていろ。おれは用事ができた」
といって、部屋をあとにした。
散々探したあげく、レオンはそのカギで開く扉を、中庭のすみっこで見つけた。
地面に蓋をした、頑丈なつくりの鉄の扉だった。
レオンはその蓋を開けて、現れた階段を下りる。
コツコツと足音の立つ、石づくりの階段だ。
底につくと、そこは地下牢になっていた。
レオンは、鉄格子のちかくまで進む。
すると、中からこちらの様子をうかがっているひとつの影を見つけた。
「お前は…」
「あなたは…」
牢屋の中に入っていたのは、ルビィを襲った金髪の女だった。
「どうして、あなたがここに…。ひとを探しているんじゃなかったの。たしかバルトっていう…」
エドガーがおれたちに会わせたかったのは、きっとこの女なのだろう。
「お前、エドガー・マジェスタを知っているか?」
女は、そのことばを聞いて、驚いたようすだった。
「エドガーがわたしを呼んでいるの!」
レオンは、その圧倒する声に一瞬たじろいだが、
「そうなのかもしれん。ただおれは、エドガーがおれにこのカギを渡したから、それを探ってみただけに過ぎん」
「それで十分よ」
やっと出番がきたのね、と女はつぶやいた。
しかし、レオンはこの女と苦い経験があるから、そう簡単に信用できなかった。
「エドガーは、おれとお前を協力させたいらしいが、おれはごめんだ」
そういうと、レオンはそっぽを向いた。
すると、女は鉄格子の中から、
「これは真面目な話しよ」
と、前置きをおいてから、話しはじめた。
そして、自分が諜報員だということ、エドガーは信用できる男だということ、ジーザス・クライストやカーンは危険なやつだということ、など。
ほとんど洗いざらい話してくれた。
諜報員がここまで話すということは、よほどの覚悟があってのことだ。
それはレオンにも伝わってきた。
「あなたが何をしているのか分からないけど、きっとエドガーに協力することで、あなたにも利益があるはず。エドガー・マジェスタはそういう男よ」
進退きわまった今の状況では、エドガーの手の内で踊るしか方法はない。
あえて踊らされて、利益を掴めと。
以前、戦場で雇われた時も、確かにあいつはそんなことをいっていた。
「わたしはきみたちをお金で雇った。だからきみたちも、わたしたちの役に立つことを考えて欲しい」
しかし、この女がルビィを殺そうとした時の映像が頭から離れない。
レオンは、ぎゅっと手を握った。
「おれたちは…、無事にこの城から帰還しなければならない。いや…、おれを除いたふたりだな。それを実現するためにお前らが役立ってくれるというのならば、おれはお前たちのために役立ってやろう。いいな」
女はうなずいた。
「わたしはディーン。あなたは」
ディーンは、まっすぐな視線でレオンを見つめる。
レオンは、苦虫を噛み潰したような表情で、
「G・レオン」
と、ぶっきらぼうにいった。
そう、いい名前ね、とディーンはつぶやくようにいった。
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